箱根町立箱根湿生花園(主任学芸員) 松江 大輔さん

箱根町立箱根湿生花園(主任学芸員)
松江 大輔さん

箱根そのものが大きな箱庭
植物が豊かで個性的な地域

昭和57年生まれ。神奈川県南足柄市出身。結婚後は小田原市へ。東京農業大学地域環境科学部卒業後、大学院へ進み、植物生態学を専攻。
偶然にも地元である箱根に縁があり、2009年春、箱根町立箱根湿生花園へ学芸員として働き始める。
令和6年度、公益社団法人日本植物園協会表彰「坂崎奨励賞」受賞。学芸員として、15年にわたり園内管理、展示植物の育成管理、教育普及活動を担当し、植物園としての質の向上に貢献してきたことが評価される。特に、担当する年4回の企画展では、展示物の育成からイベント企画運営まで担い、園に欠かすことのできない企画となっている。
箱根町立箱根湿生花園

生き物好きだった少年が
植物園の学芸員になるまでの道のり

「子供の頃は魚とかカブトムシとかが好きで、学校から帰ると毎日のように川に魚取りに行っていました。」と語る松江さん。家から歩いて行けるところに川や山など自然が多かった環境が今の自分を作ってくれたのだと、当時を振り返る。
「大学受験の時、気晴らしに母が庭に植えていたパンジーの世話をし始めたんです。世話をしていると、多様な花色や形があることに驚かされて、植物の品種改良をやってみたいなと思うようになりました。」
それがきっかけになり、農業系の大学に進学。大学在学中は、登山サークルに入り、年間150日近く山に入ることも。必然的に野生の植物にも興味を持つようになり、植物生態学を学ぶことができる研究室に所属することになる。

植物との向き合い方を叩き込まれた
大学教授との貴重な出会い

とても影響を受けた大学教授がいたのだそう。
「とにかく広く見る。広く見ないと、その植物が一体どこに位置づけられているか分からない」という教え。「とにかくフィールドに出て、植生を見る目を養えと習いました。だからとにかく、北から南、寒いところから暖かいところ、高いところから低いところ、さまざまなケースを見に行って頭に叩き込みました。それが基となり、今の自分がいて、現在の園の管理にも生かされている」と。
実物をみないと気が収まらず、就職してからも自生環境を学ぶため、国内はもとより、マレーシアや台湾の自生地を訪問している。新婚旅行はメキシコへ約10日間。「多くの時間を現地スタッフと山へ入り、現地の植物に触れる機会に費やした」そして、そうやって得た知見がまた箱根の展示で活かされている。
メキシコで現地の植物に触れる松江さん

小田急 山のホテルでのウェディング

夫婦ともに縁のある箱根
ツツジで有名なホテルでの結婚式

大学の研究室で出会った奥様。その奥様も在学中は箱根の森林を調査していたこともあり、自分たちのフィールドを縁のある人たちに見てもらいたいとの考えで、結婚式は自然と箱根でとなったそう。
その箱根で選んだ結婚式場は2023年にホテル開業75周年を迎えた「小田急 山のホテル」。庭園のツツジとシャクナゲが有名で、そのツツジは2022年に、シャクナゲは2023年に日本植物園協会の「ナショナルコレクション」に認定され、シーズンに開催されるつつじ・しゃくなげフェアは多くの観光客で賑わう。
もちろん、松江ご夫妻もその時期である5月20日に結婚式を挙げた。「式場の決め手はやはり庭園とツツジでした!でも実は…その年の5月20日はツツジが早く終わってしまった年で、当日はシャクナゲしか見られなかった。それでも素晴らしい庭園に、研究室時代からの仲間たちはとても喜んでくれていました。結婚式の後も記念日などで度々ホテルへは遊びに行っています」

エンターテインメント性も高い
箱根の魅力

「2023年NHK連続テレビ小説「らんまん」主人公・牧野富太郎さんの著書の中に、『植物についての箱根は一顧の価値ある土地の一つであると言ってさしつかえがない』と言っています。それくらい箱根は植物にとって特殊な場所。箱根は、火山地帯に特徴的な植物が多く、富士山や箱根にしか分布しない植物も数多く存在します。植物が豊かで個性的な特殊な地域なんです。
また、ひとつは歴史。日本の植物学はあまり発展していなかった江戸時代。開港後、多くの外国人研究者が江戸や横浜から近い箱根を訪れていて、そこで見出された箱根の植物は、彼らの本国で紹介されました。その後、日本人の研究者もこぞって箱根の植物を調べました。だから、ハコネシダ・ハコネラン・ハコネギクなど箱根の名がつく植物が数多くあるんです。箱根は植物を調べている人たちのメッカだったともいえます。
また、景観も素晴らしい。大涌谷から早雲山などロープウェイからの景色は圧巻ですが、富士山が構えていて複雑な地形が目の前に広がる眺望は、素晴らしいエンターテインメントだと思う」と箱根の魅力を語る。
箱根町立箱根湿生花園

箱根町立箱根湿生花園

植物を守ることは
地域の環境を守ること
覚悟を決めてチャレンジし続ける

松江さんのお仕事は、基本は、園内植物の管理が中心。「小さな園を限られた人数で管理しているため、何でもかんでもできるわけではありません。箱根の植物を中心とした日本の野生植物や食虫植物など、園で収集している植物について、ちゃんと育てて、ちゃんと展示するといった当たり前のことを大切に一年を通して育成に取り組んでいます。自生環境を把握することから、植物としっかり向き合って育成したものを皆様にお見せできた時の達成感はこの仕事のやりがいの一つです。」と、お披露目のための日頃の努力を惜しまない。
さらに、今箱根が抱えているニホンジカ問題についても語ってくれた。「箱根は、今ニホンジカが増えすぎているんですが、私は、学生時代に当時、ニホンジカによる被害の大きかった丹沢や奥多摩で調査を行ったことがあり、被害を目の当たりにしてきました。林の下の植物は食べつくされ、それは悲惨なものでした。その頃にはほとんど被害が出ていなかった箱根地域ですが、この10年くらいでニホンジカの個体数は、爆発的に増えています。このままでは、かつての丹沢や奥多摩の二の舞になってしまう。止められないかもしれないけど、なんとかしなければという想いで。地域の植物園としてできることを模索しています。今後は、植物園の管理・運営のみならず、植物を守る延長としても、地域の環境を守る方向で頑張っていきたい」と地域への想いは熱い。
箱根を訪れた際には、ぜひ箱根湿生花園に立ち寄ってみて。

箱根町立箱根湿生花園

住所 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原817
公式サイト https://hakone-shisseikaen.com/
公式Instagram https://www.instagram.com/hakonesissei